『曖昧な風が吹いてくる』/馳平啓樹

また(というと失礼かもしれんが)下請け自動車部品メーカーの悲哀が主人公。相変わらず文章が上手い。働くってこんなに気が重く苦しいものか、嫌になるくらい伝わってくる。ここまで人を酷使して、かつ、将来が見えないなんて、日本はなんて国になっちゃんったんだと、小説を離れて思いに耽ってしまった。関係者皆が苦しいよね。じゃあ大資本の大手親会社だけが楽をしてるのかと言われればそうは思わない。でも現状、生きることが困難になるほどまでしわ寄せが来てるのは下請けの中小零細企業群なんだろうなぁ。悩ましい。
苦しく働く者たちにも、当然プライベートがある。彼は誰にでも気安く話しかけられる爽やかな青年かもしれないし、恋人と過ごしながら歯痛に悩む人かもしれないし、仕事そっちのけでボランティアに参加したい人かもしれないし、どこか職人気質で無愛想な歯科衛生士かもしれない。ほんと、この作者が書く人物たちは皆活き活きしてるわ。宙ぶらりんな終わり方は、危うさを残しながらもこの生活がこれからも続くことを漠然と予感させていて、よい。