『K』/三木卓

人の、夫婦関係まで含む半生を聞く機会は貴重で、飾り気なくここまで記してくれた作品と出会えたことは今後の指針になりそうな気がする。小説家の自伝的な作品とは読み易く人生訓も得られ、いいものだと思った。
自分に少しコンプレックスを持っていてふられ続けの主人公が、初めて女と付き合い、いっぱしの男性になっていく過程は、27歳非モテの自分としてはシンパシーを感じずにはいられなかった。奥さんとの出会いから臨終までを書かれているものを読み、理想像しか知らなかった自分の“愛”という価値観を、ようやく現実味のあるものまで落とし込めたような気がする。二人の別々の人間が過ごすということ。距離感。愛情と言うよりも人間としての情のようなもの。それらが人生を豊穣なものにさせるのかなぁ。自分はこれからも誰とも付き合える気はしないけれど、万が一誰かしらとお近づきになった時には夢物語を打破し現実に足を落ち着けて臨めるための糧とさせていただきたい。
表現がうまく感情移入も容易なこともあろう、終盤の病苦のシーンは読んでいる電車の中でも思わず顔をしかめてしまうほどのものだった。病気と死に対峙しながらの時間なんてまだ想像したこともなかった(自分は病気持ちなのに)。その時自分は後悔しないように、少なくともやれる範囲で自分のトライをし尽くしておかないとと身の引き締まる思いだった。そうでないと、あれほど壮絶な瞬間を自分は引き受けきることができない気がする。それくらいに、やはり死というものは大きなものだ。
そして死の恐ろしさの自覚と同時に、人が生きることの素朴な可笑しみのようなものも感じさせてくれたこの作品。自分のこれからの歩みにほのかに自信を与えてくれる、ありがたい小説だった。